I. 鉄の重力と、心の無重力

 かつての私は、自らの確かな存在意義を「物理的な重さ」によって証明しようとしていた。ガッチリした身体をベンチに沈め、バーベルを固く握り込む。

 そして、140キロという分厚い鉄の塊を、重力に逆らって天へと力強く押し出す。筋肉の軋む音と、冷たい鉄を押し切った時のあの確かな手応えこそが、自分がこの過酷な世界にしっかりと足を踏み締め、立ち向かえていることの何よりの証明だった。

 しかし、心の病である「うつ病」は、そのような物理的な防壁など存在しないかのように、いとも容易く人間の内側へと侵入してくる。

 静かな、しかし周到な泥棒のように、私の内側から「生きるためのエネルギー」を少しずつ、しかし根こそぎ奪い去っていった。うつ病の最も残酷な側面は、「何もしたくない」という完全な思考停止状態とは少し違うところにある。「本来の自分なら情熱を持ってやり遂げたいはずだ」という明確な理性や焦燥感は生々しく残っているのだ。それなのに、いざ実行に移そうとすると、身体と心をつなぐ回路が完全に断線してしまったかのように、推進力という名のエネルギーが全く湧いてこない。

 かつて重い鉄を押し上げていた私にとって、それはあまりにも屈辱的で、絶望的なコントラストだった。朝、ベッドから起き上がるという日常の極めて些細な動作が、140キロのバーベルよりも途方もなく重く感じる。玄関のドアを開け、外の空気を吸うためのエネルギーすら捻出できない。自分の頭と身体が切り離されてしまったかのような、風通しの悪い冷たい灰色の回廊にただ一人立ち尽くし、無慈悲に過ぎていく時間を前にただ格闘するばかりの日々。世界は完全に色彩を失い、私は深い麻痺状態の中で、ただ静かに窒息していくのを待っているかのようだった。

II. 五グラムの石と十九路の聖域

そんな息の詰まるような停滞の底、すべてへの希望を失いかけていた私が、偶然にもたどり着いたのが「囲碁」という世界だった。

 それは、囲碁が私に対して「無理な物理的活力を一切要求しなかった」からに他ならない。世の中の多くの活動は、私に明るい笑顔を作ることや、快活な声色を装うこと、他者のペースに無理をして合わせることを強要する。しかし、十九路の木の盤は、私に何も求めてはこなかった。

 ただ、指先で小さな石を静かに挟み、交点へと置くこと。必要なエネルギーは、わずか五グラムほどの石を持ち上げる力だけだった。「これなら、エネルギーが枯渇した今の自分にもできるかもしれない」。それは、何もできないと絶望しきっていた私にとって、暗闇の底に差し込んだ一筋の細い光だった。

 初めてその場所――あるプロ棋士のご家族が営む囲碁教室――の扉を開けた時のことは、今でも鮮明に覚えている。エネルギーのない自分がこのような空間に入っても良いのか。場違いではないだろうか。しかし、その重い扉の向こう側に広がっていたのは、勝敗を巡る殺伐とした戦場ではなく、傷ついた鳥が静かに羽を休めるための、驚くほど温かく、そして静謐なサンクチュアリ(聖域)だった。

III. 温かい港

 この教室で、私はその後の人生を大きく変える、かけがえのない出会いをした。 エネルギーを失い、右も左も分からない私を、驚くほどの温かさと細やかな気配りで迎え入れてくれた。ルールすらおぼつかない私に対し、決して急かすことなく、入門レベルから絡まった糸を丁寧に解きほぐすように教えてくれたのだ。

 しかし、本当の素晴らしさは、単なる技術的な指導の枠を大きく超えたところにあった。私がメンタルの不調で深く苦しんでいること、時折どうしても気力が湧かず、盤面を見つめたまま指先が固まってしまうこと。そうした私の内側の言葉にできない痛みに、ごく自然に気づき、深く心配し、そして極めて繊細に寄り添ってくれたのだ。

 単なる盤上の解説ではなく、囲碁の理屈を通して、まるで「うつ病で何もできずに立ち止まっていた私の時間」そのものを肯定してくれるような、魔法のような言葉だった。世間の早いペースから脱落し、自己嫌悪に苛まれていた私にとって、奥様が守り、仕切るこの教室は、唯一安心して深く呼吸ができる「心の避難所」となっていった。

IV. 盤上の対話

 この温かい空間では、時折、プロ棋士である息子さんたちに「指導碁」を打っていただくという、身に余る光栄な機会にも恵まれた。

 プロの放つ石は、素人の私が打つ石とは、まるで別の重力を持っているかのように盤上に響いた。無駄がなく、美しく、それでいて圧倒的な力強さを秘めている。一方の私は、目の前の生き死にばかりに執着する初心者だ。

 しかし、彼が私に対して打ってくれる指導碁の石には、言葉を持たない確かな「対話」があった。私の不格好で的外れな意図を的確に汲み取り、あえて厳しく咎めることもあれば、優しく受け流して私の小さな陣地を認めてくれることもあった。静まり返った盤上で、黒と白の石が交差するたびに、私は「あなたはここにいてもいいのだ」「あなたの打つ手には意味があるのだ」と、無言のうちに許され、肯定されているような感覚を覚えた。

 気力がなく、言葉で自分の思いを他者に伝えることが途方もなく億劫だった私にとって、この盤上での静かな対話は、どんな名医のカウンセリングよりも直接的に私の心の奥底に響き、失われていた熱を少しずつ呼び覚ましてくれた。

V. 家族の風景と、ささやかな温もり

 教室の空間には、プロ九段であるお父様の先生や、囲碁インストラクターであるお姉さんが顔を見せることもあった。

 私自身は深く語り合ったわけではなく、すれ違いざまに短い言葉を交わした程度だ。しかし、当時の私にとっては、その「過度な干渉のない、ささやかな関わり」こそが、何よりも心地よい距離感だった。

 九段の先生がそこにいらっしゃるだけで、教室の空気には静かな威厳と、背筋が伸びるような安心感がもたらされた。そして、お姉さんの持つ穏やかで明るい雰囲気が、空間全体を柔らかく和ませていた。だが、この温かい家族の存在そのものが、教室を仕切る奥様の優しさと相まって、私という不出来な教え子を冷たい外の世界から守る「見えない毛布」のような役割を果たしてくれていたのだ。

 少し言葉を交わすだけで、自分がこの豊かで知的な世界の一部として、静かに受け入れられていると感じられる。それは、孤独な灰色の部屋に閉じこもっていた私にとって、静かな、しかし確かな生きる喜びだった。

VI. 呼吸するための「二眼」

 囲碁のルールの中で、私が最も心を惹かれ、また自分自身の回復と深く重ね合わせた概念がもう一つある。それが「二眼(にがん)」という生きるための形だ。

 盤上で石の集団が永遠に生き延びるためには、その集団の内側に「眼」と呼ばれる独立した二つの空間を作らなければならない。眼が一つしかない集団は、どれほど広大に陣地を広げようと、最終的には相手に急所を突かれてすべて捕獲されてしまう運命にある。しかし、確実に二つの眼を持った石は、盤上にどのような嵐が吹き荒れようとも、決して死ぬことはない。

 この絶対的な真理を知った時、私は深い安堵とともに自分の過去を振り返った。うつ病に呑み込まれていた時の私は、まさに「眼を持たない石」だった。仕事や日常の義務という盤面で、必死に意地を張り、陣地を広げようと戦っていたが、自分の内側には息をするための安全な空間(眼)が一つもなかったのだ。常に何かに追われ、息を止めながら走り続け、やがて心が窒息してしまったのは必然だった。

 そして今、私はこの囲碁というゲームと、あの温かい教室の方々との関わりを通じて、自分の心の中に「二つの眼」を構築する作業をしているのだと気づいた。

・一つ目の眼: 一切の評価や社会的プレッシャーから解放され、ただ静かに石を打つことだけに没頭できる「盤上の時間」。
・二つ目の眼: 私の至らなさや不出来な部分をすべて受け入れ、メンタルの苦しみに寄り添ってくれる「みなが待つ、あの教室という居場所」。

 この二つの独立した安全な空間を手に入れたことで、私の心はついに、再び深く呼吸ができるようになったのである。

VII. 打ち掛けの譜面と、色づき始めた世界

 私はまだ、うつ病から完全に抜け出したわけではない。時折、空がひどく曇天になる日や、理由のない疲労感が体を覆う日には、あの冷たい灰色の回廊の記憶がフラッシュバックし、足がすくむこともある。

 しかし、今の私には帰るべき港があり、見つめるべき盤面がある。もし、今のあなたが過去の私のように、エネルギーが枯渇し、何もできず、ただ苦しい時間と格闘しているのだとしたら、どうか自分を責めないでほしい。動けないのは、あなたが弱いからではない。心の中の「眼」が塞がり、呼吸ができなくなっているだけなのだ。

 人生には、無理に大きな陣地を作ろうとしなくてもいい時期がある。今はただ、盤面の隅っこで、たった一つでいいから自分が安心できる小さな居場所(眼)を作ることだけに専念すればいい。何もできない日は、「パス」をしたって構わないのだ。

 不出来な教え子である私は、今日もまた、あの温かい教室へ向かうだろう。教室を優しく包み込む奥様の笑顔にホッと息をつき、息子さんの指導碁に胸を借り、九段の先生やお姉さんとささやかな挨拶を交わしながら、不格好な石を盤面に並べていく。

 盤上にはまだ、打つべき場所が無限に広がっている。かつて灰色一色だった私の世界は、温かい木の肌の色と、凛とした白黒の石のコントラストによって、今、静かに、そして確実にその色彩を取り戻し始めている。